建築業界、変革の兆し。知られざる「20兆円市場」の攻略法

2019/08/31

スタートアップ最前線

サービスローンチから3年で1,600社が利用し、サービスの月次継続率は脅威の「99.4%」(2018年2月時点)。

建設領域にSaaSで急成長を遂げている企業がある。建設業界に特化したクラウド型の建設・建築現場プロジェクト管理サービス「&ANDPAD(アンドパッド)」を提供する株式会社オクトだ。

つい先日、シリーズBでの調達完了を公表した。前回ラウンドからのDNX Ventures、Salesforce Ventures、BEENEXTなどSaaS投資に積極的な既存投資家に加えて、シリーズBではグロービス・キャピタル・パートナーズが参画。

また、本ラウンドで特徴的なのは地方銀行系ファンド4社が参加している点だろう。建設・建築業界は地域に根ざしているからこその選択といえそうだ。

資金調達総額約24億円、調達後企業評価額は79億円と推定される(※評価額はentrepediaによる推定額であり、オクトにより決定又は追認されたものではない)。SaaS企業で企業評価額が100億円超の企業は17社(2019年8月30日時点)なため、期待の成長企業だといえる。

非IT領域にITで挑戦するスタートアップは最近のトレンドになりつつあるが、起業前にその業界に接し、課題を感じた人が挑むケースが多い。

しかし、オクト稲田 CEOは意外にもこれまで建築とは縁の遠い道を歩んできたという。 未経験で建築業界に挑戦したからこそ気づいた、20兆円の巨大市場でどのようにサービスを展開していったのか。

本記事では、稲田氏のインタビューを通して、建築業界が抱える課題と発見したサービスを成長させるための2つのカギを明らかにする。これからオクトが目指す未来の形とは。

※本記事では「建設:建築物・土木施設などを造ること」、「建築:家屋といった住宅などを建てること」の意味で用いております。

課題だらけの「20兆円市場」

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稲田 武夫(いなだ・たけお)/ 株式会社オクト創業者・代表取締役。2008年リクルートに入社。人事部を経て、ネットビジネス推進室にて、大規模サイト集客・SEO、開発に始まり、新規事業開発プロデューサー(事業責任者)に従事。新規事業立ち上げ、海外企業とのアライアンスを担当。2014年4月にオクトを創業。(画像:ami)

建設業界は国内だけで約50兆円の市場規模があり、日本で2番目に大きい市場です。

民間系と政府系の建設でだいたい市場の半分を分け合っており、民間系の市場規模である約30兆円のうち15兆円程度が住宅建設となっています。また、リフォーム・リニューアル業界も約11兆円の市場規模があり、そのうち約5兆円が住宅関連です。

この建設業界における住宅領域の約15兆円と、リフォーム・リニューアル業界の約5兆円を合わせた20兆円が、私たちのターゲット市場です。(本記事では、前述の20兆円市場を「建築市場」と呼んででおります。)

市場規模

世界的にも「建設×テック」の領域は非常に盛り上がっており(2018年のアメリカでの建設テックの総資金調達額は3,100億円を超える(Crunchbaseより))国ごとに産業構造が少しずつ違いますが、世界的に注目度の高い業界だと言えます。

しかしこれだけ大きい業界にもかかわらず、建設業界には2つの大きな課題があります。

1つ目は人手不足の問題です。建設業界は日本でもっとも高齢化している産業で、55歳以上の割合が30%を超えます。

30歳以下の割合も非常に少なく、現時点で11%を切っており若い労働者が非常に少ない産業です。

構成年齢

そのため、団塊の世代が退職する2025年には90万人の労働者が足りなくなると言われています。

もう1つの課題は売上高総利益率が低いことです。建設業界は21%と他の業界に比べて生産性が圧倒的に低いです。

売上高総利益率(産業大分類別)

これだけ市場規模が大きく課題も明確にも関わらず「なぜITベンチャーの参入が少ないのか?」と起業前から思っていました。

建設業界は間違いなく労働生産性に最も課題がある産業ですが、インフラとなるようなクラウドツールがまだ多くはありません。

それなら自分でやろうと思いオクトを起業しました。

成功の鍵は「人で売らない」と「発明しない」

起業する前にラクスル(印刷、広告、物流のシェアリングサービスを展開)を少しだけ手伝っていたので、IT化していない産業に対してビジネスの可能性を非常に感じていました。しかしそういった産業は参入するハードルが高い場合も少なくありません。

私たちも例に漏れず、建設業界出身の社長がつくった競合サービスがあったため、「付き合いがあるから」といって断られることも多々ありました。

それを乗り越えるために2つの工夫をしました。1つ目は「人ベースで売るのをあきらめる」です。

業界の人から見ると私はIT畑の出身なので、「建設を何も分かっていない」と言われることがありました。もちろん現場で一緒に働くといったことは一通りやりましたが、建設を仕事にしている人からしたら全然足りないんですよ。だから、私がプロダクトの説明をしても部外者として扱われ、売れません。

しかしプロダクトは違います。プロダクトを使うかどうかの判断は「誰がつくっているかではなく、使いやすいか」が大きなウエイトを占めます。

そこで徹底的に現場の人が使いやすいプロダクトをつくり、プロダクトを信用してもらうことに集中しました。認知されるまでに2~3年かかりましたが、プロダクトにこだわったことで多くのユーザーに使ってもらえるようになりました。

2つ目のコツは「0から発明をしない」ことです。

最初私とエンジニア1人、業界出身者の3人でプロダクトをつくり始めました。業界の声を反映したプロダクトをつくるために、テストクライアント3社のユーザーへヒアリングもしながら、3人チームで話して、様々な意見を取り入れながら作りました。しかし、結局それは失敗に終わってしまって。

なぜかと言うと、どうしても業界出身者の意見を大事に考え、いつの間にか、その人の前職のオペレーションに合うサービス機能になっており、汎用的なニーズから離れたプロダクトになってしまいました。

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(bluedog studio/Shutterstock.com )

ヒアリングはすべきなのですが、そこから汎用性を見出すほどの業界理解がない中でのモノづくりは発明に近いのだということを学びました。もっとヒアリング量を増やせば違ったのかもしれませんが。

しかし他業界には当たり前に業界の課題であるプロジェクト管理用のツールは、私たちが0から考えなくても既に世の中にありますし、業界が異なっていても必要となる本質的な要素は変わらないはずです。

なので、できるだけ既に世の中にある仕組みを変えずに、すでに良いプロジェクト管理ツールに、ある意味、業界側に歩みよってもらい、業界最適が必要な機能開発にのみ集中すべきだったんです。

私たちの場合、ストレージ機能やチャット機能は他のアプリを参考にしつつ、プロジェクト管理の中でも「工程表」という業界独特な運用が必要な機能を集中的に最適化していきました。

そして最適化の必要があった「工程表」の部分を作りこんだところ、ユーザーから使われるようになりました。

現場監督の非効率を解決する「ANDPAD」

私たちは建築業界が抱える「人材不足」と「粗利益率が低い」課題をプロジェクトの工程管理から解決しようとしています。

下図のように、家を建てるためには「現場の職人、現場監督、事務」の三者が関わります。 ※下記は住宅リフォームの施工現場を想定しており、あくまで一例の構成となります。

相関図
悩み

現場監督は1人で複数の現場を担当しており、5つを掛け持つことも少なくありません。そのため、いろいろな現場から絶えず電話がかかってきますし、進捗を管理するために毎日担当の現場を移動し続けています。

現場の移動だけで1日3~4時間も使っていると言われています。

一方現場で働いている職人も、監督と連絡が取れずに作業が止まり、最新の図面情報が共有されず工期の遅延が発生するといった課題を感じています。

事務所の人も現場監督と連絡を取りにくいため、施主からクレームがきても対応できなかったり、作業の進捗を把握できないといった問題が日々起こっています。

このようにどのプレイヤーも課題を感じながら働いているのです。その中でも私たちがもっとも救いたいのが、現場監督です。

職人の数は非常に不足していますが、それと同等に現場監督も人手が不足しています。また、現場監督が日々の業務で感じている最も大きな課題は、効率よく現場を管理できないことです。

今まで、現場監督のプロジェクト管理に特化した支援ツールは何もなく、いまだにExcelとFAX、電話で仕事をしています。

工程表をExcelでつくりパートナーさんにFAXします。しかし工程は比較的頻繁にずれるため、変更がある度に改訂版を全員に送り直しています。タイミングが悪くFAXを受け取れないと、職人は最新の図面や工程表が手元にない状態もあります。これが日常茶飯事なのです。

工程表はガントチャートツールなどを使って作成しているので、比較的見やすいです。しかし職人や管理会社と共有し、作業の進捗報告や完了管理も同時にExcelでつくったガントチャート上でしようとすると、大変使いづらいです。

なので私たちは、まずクラウドにある工程表を基盤として、ワークフローが成立するプロダクト開発を行うことで、「現場監督が1人で管理できる現場数を増やそう」としています。

ANDPADを使うと、スマホ1つで現場監督は自分が持っている案件の工程を管理できます。具体的には、現場の場所の把握や施工の工程をクラウド上で管理できます。使いやすさにもこだわっており、LINEが使える人なら問題なく使えるレベルのシンプルな使い勝手にしています。

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機能紹介

(画像:公式ページより)

また、写真などを含めてクラウド上で情報を共有できるため、現場に行かずに職人の業務内容や進捗を確認し工程管理ができます。

すでに約6万人がANDPADを業務報告に使っており、累積で約130万個の現場情報、1日で約6万枚の施工中の写真データがアップされています。

ADNPADによって現場管理が効率化されれば、熟練者でなく素人であっても施工管理ができるかもしれません。そうなれば、管理できる現場の数が増え「監督が足りず工事ができない」状況を変えられると思っています。

「自分ごと化」がオクトの強み

私たちの強みの1つは「建設業界のペインを自分ごと化できている」点です。社員100人のうち25~30人が建設業界で働いていた人です。

建設業界の流通会社やメーカー出身者、現場監督が入社し、営業やカスタマーサクセスをやっているのです。

そうすると自然と社内で業界の話が出ますし、社員がペインを明確に知っている分、エンジニアと少し話すだけでも化学反応が起き、解決に向けたアクションが生まれていきます。

社員全員が業界のペインを探すのを楽しんでいるんです。

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(yuttana Contributor Studio/Shutterstock.com )

また、エンジニアと職人は持っている課題感が似ています。業界が多重構造ですし、フリーで働いている人も多いです。エンジニアがたくさんの開発の手法を持っているように、建設にも数多くの工法やノウハウがあります。

常に勉強し続けなければ生き残れないのも同様で、エンジニアが技術の進歩に追い付くためにプログラミング言語やフレームワークを学ぶように、建設現場の方々も、勉強し続けることが必要です。

だからこそ建設業界の課題を聞くとエンジニアも盛り上がりますし、自分ごと化できるんじゃないかと思います。

他にも社員が自分ごと化しやすくなる仕組みも、社内でつくっています。

たとえば私たちはオンボーディングにも力を入れていて、リアルな場での操作説明会を平均して月77回やっています。この説明会に営業だけでなく、サクセスチームやエンジニアチームも同行し、社員全員がユーザーの生の声を聞けるようにしています。

「使うと幸せになるツール」を目指して

組織として今は100人程度ですが、1年~1年半で250人程度まで拡大していく予定です。

私たちは「建設業界の人たちがITで困ったらANDPADを自然に想起する」状態を目指しています。

そのためには地域ごとに拠点があることが重要です。採用を進め、今ある東京・大阪・福岡・仙台の拠点を拡充していきたいです。

バリューチェーン

既にバリュエーションに沿って複数のサービスを展開している

ANDPADの大きなテーマは「施工管理」ですが、それに紐付いて業態のバリューチェーンに対して必要なサービスを開発しています。

すでに施工管理に加え、図面の管理、検査、原価管理、経営者用の管理ダッシュボードといった機能があります。

マニアックに業界を理解した上で、必要だとわかった機能をつくっていくことで、日本中の建設にまつわるデータが集まる最大の建設データベースにしていきたいです。

今後ますます建設業界はある意味工業化されていくと思います。その中で、私たちがやるべきこととして、「働く人が使うと幸せになるツール」を提供しようと思います。

“建設業界の働くを幸せにする”。ANDPADを通して実現していきます。

※アーカイブ動画はこちら

20190821 オクト-トリミング

聞き手:松岡遥歌、文:町田大地

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