ペーパレス化に挑むスタートアップがいる。

IT化が進み、業務の効率化やコスト削減の観点で「ペーパーレス化」がしきりに提唱されてきた。

しかし紙・板紙内需試算報告(H30年 日本製紙連合会)によると、オフィスで使われる情報用紙の使用量は依然として高い水準にあり、2018年には前年に比べ増加を記録している。

特に工場では、紙によるコミュニケーションコストの増加や業務の非効率性といった課題が顕在化しているにも関わらず、関係するステークホルダーが多く、導入に労力がかかることからペーパーレス化が進んでいないのが現状だ。

その課題を解決するプロダクトが「KAMINASHI(カミナシ)」だ。プロダクトを提供する諸岡 CEOもかつて工場で働いており、その経験がプロダクトに大きく活きていると言う。

1970年代からペーパーレス化が叫ばれているが、30年近く経っても大きく進展していない中、どのようにしてその課題を解決しようとしているのか。

KAMINASHIが見つけた解決の糸口とは。

「紙無し」でオペレーションを回す方法

どのような事業ですか。

KAMINASHI CEO 諸岡さん(以下、諸岡) われわれは工場の紙の使用量ゼロを目指して、紙を使わずに工場の現場オペレーションを一気通貫で回せるサービス「KAMINASHI」を提供しています。

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誰でも使えるペーパレスアプリ「KAMINASHI(カミナシ)」(画像:公式サイト

食品や製造業の工場では、品質管理や製造指示のために数十枚、多いとろこでは1日500枚以上の紙が使われていたりします。

現場では、取得したデータや情報を一度紙に書き、それを他の人がチェックしたり、数値を抜き出して集計したりしています。

もともとデータで存在しているものを紙に印刷し、その後再びデータ化する工程は無駄だと思います。また、何より、工場で今起きている事象がすべて紙の中にある状態というのは、生産活動をやる上で、最適な状態ではありません。

工場から紙を無くし、その無駄を解決することで「現場がスマート化された世界」を実現したいです。

独自進化した各社の帳票が課題を生んでいる

なぜ現場ではIT化が進んでいないのですか。

事業を始める前は、大企業にはIT技術が導入されペーパーレス化が進んでいると思っていました。しかし時価総額が1兆円を超すような企業でも、「誰でも使える」手軽さから工場のほとんどの業務では紙が使われています。

そのため、ペーパーレス化を進めようとした場合、作業者や現場管理をしている責任者、品質管理部門など、多くのステークホルダーの習慣を変えなくてはならず、多大な労力が必要となります。

また、紙の書式も決まっていないため、工場ごとに仕様の異なるものを使っており施策を横展開しにくいのも課題です。

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諸岡 裕人(もろおか・ひろと)/ KAMINASHI(独立)←家業(4代目)←recruit staffing←慶応大。家業での経験から、アナログな現場をITで変えたいと考え2016年末に起業。2018年5月に工場向けペーパーレスSaaS「KAMINASHI」をリリース。(写真:ami)

同じ会社で同じものをつくっていても、工場の場所が違うと紙の書式も違うといった具合です。

個社単位でベンダーに依頼しペーパーレス化を進めている会社は多少ありますが、現状を大きく変えるキラープロダクトがないため、うまくいっていないのが現状です。

原体験は「父親の会社」

なぜ工場のペーパーレス化に取り組もうと思ったのですか。

もともと父が会社をやっており、同じ土俵で戦いたいと思ったのが起業したきっかけです。

彼が32歳で起業したので、自分も32歳で起業すると決めて、何をやるかは起業する直前に考え始めました。

父の会社では、ホテルの客室清掃や工場のオペレーションを回すといった、労働集約型の仕事が多かったのですが、その中の機内食事業の部門で働いていた時、「紙のペインが特に大きい」と特に感じたため、カミナシをつくろうと思いました。

たとえば、ある部署の責任者をやっていたときに、現場のデータや記録が書かれた紙を1日50枚ほどチェックする業務がありました。

当時、現場の約8割が外国人留学生だったこともあり、書き間違えによる訂正が1日につき30か所出ることも多々ありました。

そうすると、責任者が内容チェックをしながら、不備のある箇所を書き直す必要がでてきます。

それを繰り返していたある日、部下が「こんなことをやりたくて社会人になったわけではない。こんな仕事をし続けるなら辞めたい。」と言ってきました。

たしかに「会社で頑張るぞ」と燃えて入ってきた若い人が、他人の間違えた箇所を書き直す仕事を、毎日1時間もやる必要がある状況はおかしいですよね。その経験が、今でもカミナシの思想に大きな影響を与えています。

改善するためにExcelを使うといった取り組みがなぜされないのですか。

例えでエクセルというお話が出ましたが、紙に比べて入力に時間がかかりすぎると思います。恐らく3倍〜5倍近く時間が掛かると思います。作業者に支持されずに使われません。

結局、オフィス環境に最適化されたアプリケーションなので、現場で目まぐるしく移り変わる忙しい状況で利用するシーンを想定されていません。

また、そうしたアイデアはあっても中々実行はされません。

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(画像:Shutterstock / Dusan Petkovic)

タブレットを買ってきて、作業者に入力方法などを教育すれば、紙を無くしていくことは可能だと思いますが、肝心の教育する時間が責任者や現場で指示する人にはないのです。

既に業務量がいっぱいいっぱいの中で、改善する時間をさらに捻出するのはなかなか難しいです。

茨の道だったプロダクトづくり

どのようなプロセスを経て起業したのですか。

先ほどお話したとおり、32歳で起業したいという思いがありました。そのために、もともと父の会社でも新規事業を立ち上げて、なんとか自分で事業を作ろうとしたりもしました。

「新聞折り込みの求人チラシをインターネットで手軽に申し込める」という新規事業をやりました。広告の制作代やデザイン代が安くなるので流行ると思ったのですが、結局大失敗してしまいました。

その後、「これからはインターネットの時代だ!自分でサービスを作れないと話にならない!」と考え、休職してプログラミングを勉強しに行きたいと父親に直談判。

当然、「いい加減にしろ!ふざけるんじゃない!!!」と言われてしまって(笑)。

なんとか説得し、1年間の猶予をもらってプログラミングを学びながら、企業アイデアを考えることになりました。最終的には、タイムリミットぎりぎりの2016年12月に会社を創業することになります。

プロダクトにつくる前と後でギャップはありましたか。

ギャップしかありませんでした。最初、私とCPOの三宅でプロダクトをつくり検証を始めたのですが、その時冒頭でお話した、工場ごとに紙の書式が異なる問題にぶつかりました。

自分が働いていた工場にフィットするプロダクトはつくれましたが、別の工場に行くと全く使えないことが分かりました。

他にも、働いていた工場が、機内食を製造していたため、スマホで食品の温度と時間が記録できる品質管理用のプロダクトをつくりました。

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最初の温度測定用プロダクト(画像:https://www.wantedly.com/companies/kaminashi/post_articles/119798

食品工場では、必ず温度測定を行っているので需要があると想定していました。しかし、別の食品工場ではすでにボタンを押したら記録が出てくる設備が導入されており、使い道がないと言われてしまいました。

そこで次のアイディアを探していると、プロダクトの導入を断られた会社からコミュニケーションに課題があると言われました。

それを真に受け、今度はコミュニケーションの領域にピボットしようとしました。今考えると当時は方向性を含め完全に迷走していました(笑)。

最終的に、原点である温度管理の問題に立ち返り、その切り口からプロダクトをつくり始めることを決めました。

そういった状況の中でも一貫してSaaSで取り組んだのはなぜですか。

SaaS(Software as a Service、サース)が工場の課題を解決する上で最適だと思っていたからです。

プロダクトをつくる上で紆余曲折はありましたが、抽象度を上げて考えると、結局のところ数字や○や×などの記号、選択肢など10種類程度の項目しか現場では使っていません。

したがって、設定の変更を順次追加できればほとんどのシチュエーションに対応できると考えていました。

また、工場ではシステムに対して莫大なお金は使えませんし、多額のお金を使って導入しても失敗してしまうことが少なくありません。

そういった人に対して、ミニマムに始められプロダクトの改善も続けられるSaaSは、最適なスタイルだと思ったので、そこだけは曲げずにやってきました。

ダサくてもいいから徹底的に分かりやすくした

冒頭で現場は時間がないとおっしゃっていましたが、KAMINASHIはなぜ使われるのですか。

「ダサくてもいいから分かりやすく」をモットーに、デザインや機能を極力シンプルにしたからだと思います。

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誰でも分かるシンプルな画面を実現(画像:公式サイト)

文字を大きくするとデザイン的にはイケていないこともありますが、それよりも「分からない」をなくすことに振り切ってつくっています。

ユーザーの中には最高齢で71歳の方もいらっしゃいますが、「難しくて触れません」といった声を頂いたことは1度もありません。

あとは、現場の方がデータ入力の時間をとれないときはカスタマーサクセスが工場に行き作業を代行しています。

KAMINASHIを導入すると作業のオペレーションが全て変わります。そのため、私達は契約前に一定のカスタマーサクセスを実現しなければなりません。導入してからサポートするのではなく、導入前に3日間程度現場に入り、現場の実務にフィットさせるためのハイタッチ型の支援を行っています。

また、普通のペーパーレスプロジェクトでは半年や1年かけて導入を行いますが、私たちは導入後も1カ月間現場をがっつりサポートすることで、できる限り導入後のフォローが必要ないようにしています。

現在、導入企業では、必ず毎日使われていますし、問い合わせもほとんどありません。チャーンは0件で、継続率も100%です。

工場はSaaSに馴染みが薄い場合も多いと思いますが、導入に対して抵抗はありましたか。

一定数はあります。その時は、必ず集合知を利用できるメリットの話をします。工場は基本的に閉じた世界で自分たちの工場のノウハウがすべてだと思っています。

しかし、別の工場にも必ず参考になるアイディアがあるはずなので、それでSaaSを利用すれば活用できると説明すると納得感を持ってもらえることが多いです。

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現場に最適化された機能を多数実装している(画像:公式ページ)

今まで工場の現場を知りながらIT業界で起業する人が少なかったのも、現場でIT化が進まない理由の1つだと思います。

工場×ITの軸からブラさずにKAMINASHIをつくっていければ業界全体としてIT化を進められるのではないでしょうか。

紙が無くなれば仕事が楽しくなる

現場のペーパーレス化が進むとどのようになりますか。

働くことがもっと面白くなると思います。語弊を恐れずに言うと、ITをバリバリ使っている皆さんに比べると、現場の仕事はまだまだつまらないと思います。

なぜかと言うと、改善活動を行いにくいからです。たとえば、Webサイトをつくっているとデザインを改善したら、Google Analyticsですぐ結果が出てきて、瞬時に次の改善に繋げられます。この改善の周期が短ければ短いほど、仕事の進捗も出やすいので面白くなります。

一方、現場ではデータ取得や可視化する技術が整備されていないので、改善活動をしても結果がすぐには分かりません。

例えば工場では10%時間を短くしようとするとき、ストップウォッチを使って改善活動前と後の時間を計測して、効果の検証をすることが少なくありません。

改善案を考えている時間よりも、1つの改善活動の効果を測定しデータを紙やエクセルに集計する時間の方が長くなってしまいます。そのような環境で仕事をしていても面白くないですよね。

なのでKAMINASHIを通して、やったことがすぐにデータとして出て、リアルタイムで取り組みの効果を検証できる世界をつくっていきたいです。

そうすることでもっと現場の仕事も面白くなるんじゃないかと思っています。

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文・写真:ami

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