ホテルの意外な悩み、料金設定。AIで挑む「次世代プライシング」とは

2019/08/12

スタートアップ最前線 by ami

ホテルの予約をWeb上で行う時、多くの人はこういった画面を目にするはずだ。

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(画像: ami作成)

利用者側から見たこの画面の裏側では、ホテルの担当者が内容を作成し更新している。

具体的には自施設や競合施設の予約状況、昨年の動向、周辺イベントといった膨大な情報を調べ、その情報を元に宿泊料金を設定・調整していくという業務が存在している。

しかしそこにはまだ解決されていない課題も多い。

時間をかけて情報を集めたものの、頼るのは結局経験やカンになってしまい、確信が持てないままに、手探りの状態で料金を設定している場合が多い。

施設全体の管理を行う支配人や接客業務を担当するスタッフが兼任している場合も多く、料金設定業務に十分な時間をかけられずに機会損失が発生したり、ホテルの価値を高めるための長期的な投資について考える時間を割けていないといったものだ。

こうしたホテル業界が抱える「プライシング」の課題を解決する、SaaSの正体に迫る。

「SaaS」×「プライシング」 MagicPriceとは

MagicPriceは、ホテルが需要と供給に合わせた宿泊料金を設定するのが難しいという問題を、簡単な操作とAIのサポートで解決するマネジメントソフトだ。

(画像: ami作成)

MagicPriceには3つの特徴がある。

(画像:空会社資料)

競合の料金情報やイベントなどの市場の情報、周辺エリアの動向情報に加え、ブッキングカーブなどの自施設に関する情報も自動的に収集する。情報収集にかかっていた手間を削減し、接客などの本質的な業務に集中することが可能になる。

(画像:空会社資料)

経験がない従業員にとっては理解しづらい市場分析結果も、直感的に状況がわかるステータスアイコンを用いることで、簡単に理解できるようになっている。グラフも自動的に作成されるため、手間なく詳細な分析、課題の共有が可能である。

(画像:空会社資料)

集めたデータをAIを用いて自動的に分析し、推奨料金を算出。その根拠も見ることができる。今まで培ったホテル側の経験とAIによるデータ分析を組み合わせることで、最適な客室料金を簡単に設定することが可能になる。

料金の切り替えも簡単に行うことができ、旅行予約WEBサイトへの料金反映もワンストップで行える。

ホテル業界の「価格設定」はブルーオーシャン

「プライシング」に迷ったときに相談する企業をすぐに思いつくだろうか?

たとえばセールスについて迷ったときはSalesforce、クリエイティブについて迷ったときはAdobeといった企業が頭に浮かぶかもしれない。それと同様に「プライシングに迷ったときに相談できる企業」がMagicPriceが狙うポジションだ。

空のミッションは「価格最適化」。世界中の価格を最適化して、売り手にとっても買い手にとっても嬉しい世界をつくることである。

そもそも同社がプライシングに着目した理由は、製品やサービスの売り方が多様化してきたことが背景にあるという。

これまでの企業は、製品を多く作り多く売るという方法で成長してきた。人口も需要も上昇していた時代においては、製品を多く売るテクノロジーや技法マーケティングが研究されてきたが、現代では需要が多様化している。

そこで注目が集まっているのがプライシングだ。価格を柔軟に変更することで、利益にインパクトを与えることが可能になる。

MagicPriceの最初のターゲットとしては、プライシングに課題があるという点でホテル業界の他に航空業界も考えていたという。まずホテル業界からスタートした理由を松村氏はこう話している。

「ホテル業界の方が課題が顕在化していましたし、僕たちがサービスを提供する前のソリューションはExcelしかありませんでした。自動で情報収集・分析をして、料金設定を提案するというソリューションが大きなインパクトをつくれそうだと思い、ホテル業界からスタートしています。」

(画像: ami作成) 日本のホテル営業施設数は上昇傾向にある

【対談】前田ヒロ×松村大貴

後半は「SaaSway Conference」にて行われた、株式会社空CEOの松村大貴氏と、SaaSスタートアップに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」マネージングパートナー前田ヒロ氏の対談をお届けする。

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SaaSの戦略はステークホルダーと連動する

前田ヒロ(以下、前田)SaaSの美しいところは、組織とユーザーと株主と経営者の整合性をとりやすい点ですよね。継続的モジュールなので、ユーザーが成功することが最優先だから、ステークホルダー全員が同じ方向に向かうことができる。

松村大貴(以下、松村):鏡写しみたいに、ユーザーに対するサービス提供のサイクルと、従業員を増やしていくサイクルがリンクしていますよね。

我々の場合、新規のユーザー獲得もカスタマーサクセス(顧客を成功に導くことで長期的にサービスを利用してもらうことを目的とする組織や一連の活動)に大きく依存しています。既存のユーザーの成功体験があり、その導入事例をブログで発表することで、次のユーザーが来るケースもあります。

前田 その2つのサイクルを上手くリンクさせるためのポイントはなんでしょう?

松村 ポイントは、トップダウンで決定することだと思います。

たとえばカスタマーサクセスが大事とはいっても、カスタマーサクセスチームを設置しただけではなかなか動いていかないんですね。

たとえば既にBtoBビジネスをしている企業で考えると、カスタマーサクセスチームをつくろうという有志のメンバーが現れても、うまくいかないことがあります。同時に、プロダクト開発の優先順位を新規顧客向けにするのか、既存顧客向けにするのかも考えなければいけない。

さらには新規セールスのインセンティブだけではなく、既存のユーザーが成功していくことを従業員も喜べるような人事制度の設定も必要です。

つまり、組織全体の優先順位を決められる立場の人が動かないと、カスタマーサクセスをうまく運用することは難しいんですね。

前田 目標設定も人事評価も、全てカスタマーサクセスに連動させるということですね。

松村 そうです。外向けのメッセージとして「カスタマーサクセスを大事にしています」と言っても、従業員のボーナスが新規顧客からの売り上げと紐づいていたら、やっぱりうまくいかないじゃないですか。

短期的な視点になってしまうと、長期的にはサービスにマッチしないユーザーを連れてきたり、ユーザーの役に立たないご提案をして売り上げをつくることが、社員のモチベーションになってしまう。

給料設計や報酬制度も含めて、SaaSの事業戦略に向きあう必要があると痛感しています。

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松村 大貴(まつむら・だいき) / 1989年生まれ。2015年に株式会社空を創業。ホテルの料金設定をAIで支援するSaaS「MagicPrice」を提供中。世界中の価格を最適化し、売り手も買い手も嬉しい世界を作ることがミッション。TechCrunch Tokyo 2017スタートアップバトル最優秀賞。

SaaSに求められる総合力

前田 SaaSの面白さはどういったところでしょうか。

松村 SaaSは、総合力を問われるところがすごく面白いです。

僕の偏見かもしれませんが、BtoCサービスの場合、センスのあるプロデューサーがいれば、圧倒的にウケるコンテンツやUXをつくれるかもしれません。

しかしSaaSに関していえば、開発チームやカスタマーサクセス、セールスといった、会社全体の総合力がないとサービスは売れないし、たとえ売れても満足していただけない場合がでてきてしまいます。

ワンマンで事業をやっても伸びていかないのが、SaaS事業の面白いところだと思っています。

SaaSを立ち上げる起業家は、全人格が試されるということですね。プライベートなことも含めオープンなメッセージしか社員には届かないんですよね。そして社員に届くようなメッセージでなければユーザーにも届きません。

会社のビジョンを心から自分が信じているかどうか。そしてビジョンと言動が一致しているかが大事だと思います。

前田 一流のSaaS企業をつくるためには、一流の組織が必要だと思います。営業やカスタマーサクセス、マーケティング、プロダクト、そして経営陣の全てがリンクしないと、ユーザーに良い体験を提供できません。その流れをまとめて連携させる力、いい組織をつくる力が、経営者に求められているんじゃないでしょうか。

SaaSがマラソンと似ている理由

松村 BtoC企業に投資する場合と、BtoB企業に投資する場合とで、起業家に求めるキャラクターや能力は違ってきますか?

前田 BtoC企業への投資も昔はやっていたんですけど、結構とがった性格の起業家がいるな、という印象でした。

一方で僕が好きなSaaS企業の経営者は、結構オールラウンダーな人が多いです。人当たりがよくニコニコしていて健康そう。そんな特徴の人が多いかなと思います。

松村 学生起業家で、SaaSをやっている人はなかなか見かけないですし、ある程度ビジネス経験のある人がやっているイメージがあります。

マラソンのように、長期間走りながらパフォーマンスを出し続けられる経営をしていますし、ステークホルダーにもそういったところを問われていると思います。

前田 まさにSaaSはマラソンです。

大体ARR(年ごとに繰り返し得られる収益)1億円を達成するのに2年ぐらいかかるんですよね。そこからARRを10億円達成するために2.5年かかって、そこから100億円を目指すために、さらに3年ぐらいかかります。

最低でも7年ぐらいは頑張らないといけない。長期間を走る覚悟と精神が求められます。

松村 それもポイントにもなっていて、ビジネスモデル上、長期の売り上げの読みがしやすいです。「チャーンレートがこの程度なら売り上げはいくらになっていくな」と読めるので、長期投資がしやすいです。

その読みをもとにどこに投資をするかと言えば、やはりテクノロジーと組織カルチャーです。

半年でどれだけ売り上げるかが重要なら長期投資をやっている場合ではなく、短期のユーザー獲得キャンペーンに資金を入れることもあると思いますが、SaaSはそれだけではありません。

メンバーがよりよく働ける環境に投資することも重要ですし、長期的な目線でテクノロジーに投資をすること自体が、メンバーのモチベーションにもつながると思っています。

前田 SaaSの面白いところは、今年の売り上げが去年の施策によって生み出せているという点。

今日施策を打って、明日売り上げを生み出すことはSaaSでは難しいんですよね。

営業やカスタマーサクセスといった組織を予め整えてから売り上げを取りにいくモデルなので、来年の売り上げを定めた上で、組織や戦略を整える必要があります。

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前田ヒロ // 2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。

松村 僕はSaaS事業を伸ばしたくて会社をやっているわけではありません。仕事の幸せが人生の幸せとリンクする人たちが集まって、楽しい日々を過ごせる環境をつくりたいという思いがベースにあります。それが会社のビジョン「Happy Growth」です。

そのビジョンを実現するのであれば、SaaSというビジネスモデルはぴったりだと思っています。会社のカルチャーを真剣に考え、なぜ僕たちは働くのかを考えることが、事業プロセスと直結するからです。

MagicPriceの未来

前田 5年先、あるいは10年先を考えたとき、どういう未来を実現させたいですか。

松村 これまでホテル業界向けにMagicPriceを提供してきましたが、他の業界からも引き合いがきています。今の事業をさらに成長させるには、プライシングに手を加える必要があると考える企業が多くなっているんですね。そういった企業にもサービス提供を始めています。

我々は数年のうちにグローバルのプライステックリーダーになれると考えています。

複数の業界や国において集合知を集めるという意味で、プライシングについての大企業のパートナーとなるサービスを目指していますね。

分かりやすいベンチマークにSalesforceがいます。Salesforceがセールスという領域で占めているポジションは、プライシングという領域においては今は空いていると思っています。

プライシングは一企業だけで変えていける領域ではないと思っているので、我々もいろんな企業と組んで、プライシングを改善をしていくエコシステムや業界を作っていきたいです。

それに成功できれば世の中に大きなインパクトを与えられるので、これからの挑戦が楽しみです。

前田 ARR100億円までは事業や目の前のユーザーだけを考えればいいと言われます。

しかしARR100億円を超えてくると、自分の周りやユーザーに与えている影響を考えながら経営していかないと、さらなる成長が目指しにくい。

イケてるSaaS企業は周りのスタートアップとAPI連携したり、シナジーがある提携を進めたりしているので、そういったエコシステムの観点は重要ですね。

松村 プライシングに関連して、レジの仕組みや購買のデータがたまっていくようなシステムを、業界で連携して考える必要があります。

たとえば広告業界であれば色々な企業がつながって、広告最適化を行っていますよね。しかしマーケティング4P(Product、Price、Place、Promotion)の要素の中でPriceだけはそれが起きていない。

消費者も売る側も常に滑らかに、最適な価格で取引ができ、買った後に集中できる人生を歩めるようになる。それがプライシングを突き詰めた先に社会に対して与えられるインパクトだと思っています。

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(編集・写真:ami)

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